2011年2月23日水曜日

現在の大学のあり方への疑問~問題解決力を持つ技術専門職を育成する高等教育機関の必要性

私は近年の就職状況悪化の以前から,現在の大学のあり方に疑問を持っていました.
理系の大学生の多くは,卒業すると技術専門職に就きます.でも,現在の理系の大学の多くが暗黙のうちに思い描いている,育成したい学生像はあくまで研究職なのです.実際に研究職に就く卒業生は,けっして多くないのにもかかわらず.
理系の多くの大学の実態は研究職育成機関であるという証拠はいろいろあります.
  • 多くの大学教員は企業を経験していません.したがって,自らが教えている教育内容が実際の企業でどのような意味があり,どう活用されるのかについて,大学教員が把握していなかったとしてもおかしくありません.
  • 大学教員の評価は,研究業績によってなされ,教育実績はほとんど評価されません.したがって,大学教員には教育はそこそこにして研究に力を入れるインセンティブが働きます.
  • 卒業の可否を最終的に判断するのは卒業研究であることが多いです. 最終学年に近くなると研究室に配属され,大学教員から個別に指導を受けます.研究に力を入れるインセンティブが働く上,多くの大学教員は研究職しか経験していないので,卒業研究の指導内容も多くの場合,研究に偏ることになります.
高等教育機関の元々の位置づけでは,(理系の)大学は研究者を育成し,専門学校や高等専門学校で技術専門職を育成するという棲み分けがあります(経緯を細かく見ていくと実は異論がけっこうあるのですが).しかし,いくつかの要因で,将来,技術専門職に就くにも関わらず,企業は専門学校や高等専門学校ではなく大学からの人材を求める状態になっています.その要因を,私は次のように分析しました.
  • 大学がたくさん設立されたので,相対的に大学生の占める割合が増加した.
    専門学校や高等専門学校に比べて,大学の方が数多く設立されました.したがって社会に送り出す学生数も増加したので,企業が大学に求人することが相対的に増加したと考えられます.
  • 企業が専門技能よりも潜在能力を求めている.
    大学生は大学入試をクリアしているので,高校までの知識を一定水準以上身につけていることが期待できると企業は考えているのかもしれません.
  • 技術が高度になり,単なる職業訓練では技術専門職を育成できなくなった.
    専門学校でも高等専門学校でも,元々は「手に職をつける」ことを目標としています.しかし技術の進歩により,理論を知らないことには技術進歩についていけなくなりました.そこで企業は,技能ではなく理論的背景を学習したと期待される大学生を求めているのかもしれません.(もちろんこれは現在の専門学校や高等専門学校で理論を扱っていないという意味ではありません)
学生や親にとっても,大学を専門学校や高等専門学校よりも進学先として選んでいます.その理由を次のように分析しました.
  • 大学卒が就職に有利
    学生の親世代の就職時には,高学歴であることによって就職が有利になった傾向がありました.
  • 就職分野が広い
    専門学校や高等専門学校の出身では就職先が限定されるという先入観があるかもしれません.
  • モラトリアム学生が高校の時点で将来の自身の就職先をイメージできなかったので,「とりあえず」大学に進学している可能性もあります.
社会が理系の大学に求めているのは,研究者育成よりは技術者育成だと考えられます.単純に考えても,研究者人口よりは技術者人口の方が多いですし,結果として求人数も多いでしょう.社会は大学に変革を要求していると言えます.
一方で,大学は研究と研究者の育成という本来の役割に専念すべきだという意見もあります.学術的な研究には公共な価値があるので,たとえ社会が理系の大学に技術者育成を求めていたとしても,それを求める方が間違っている.大学は変わるべきではないという主張です.私も大学の持つ学術的な役割を否定するつもりは全くありません.むしろ,研究はもっと奨励するべきだと考えています.
私の主張は次の2点です.
  1. 日本の理系大学の現状は,教育としても研究としても中途半端である
  2. 既存の高等教育機関では埋められない「空白域」が存在する
それぞれ説明しましょう.
  1. 日本の理系大学の現状は,教育としても研究としても中途半端である
    理系の大学を技術専門職育成機関として見たとき,教育内容が主に実践面で不十分です.加えて,多くの場合に理論と実践が乖離しています.
    一方,理系の大学を研究機関としてみたときには,大学教員に対して教育(やその他の雑用)にかかる負荷が高く,大学教員が研究に専念できる環境にはありません.
    理系の大学を研究職育成機関としてみても,国際レベルで通用する人材を十分育成しているとは言えないかもしれません.
  2. 既存の高等教育機関では埋められない「空白域」が存在する
    技術職を育成する専門学校や高等専門学校が存在し,かつ大学では十分な技術専門職を育成できていない現状があるにも関わらず,企業が大学に技術専門職を求めている現状があります.このことは,埋められていないニーズが存在することが考えられます.
では,どのような技術専門職育成機関が求められているのでしょうか? 私の個人的な仮説を示したいと思います.
大学のあり方についてソフトウェア関連企業の方と議論したときに「(専門学校で)単にプログラムの書き方を学んだだけの人と,背景としての哲学や論理学を内包しての『プログラミング』を学んできた人のどっちが欲しいか?」という意見を頂きました.一方で大学では,哲学や論理学,プログラミングのいずれについても学習する機会があります.しかし,明示的にこれらの関係について教えることはなく,学生の個人的な「気づき」に任されています.
私はここに技術専門職育成機関の空白域の具体例が示されていると考えます.もし,論理学とプログラミングの関係を明示して教育するような技術専門職育成機関があったとしたら? 原理を踏まえた教育をすれば豊かな応用力が身につくのではないでしょうか.
より一般化すると,技術専門職に求められるのは「技術に根ざした問題解決力」であると私は考えます.問題を認識し,解決方法を調べ,選択し,実行して評価する,一連の能力が問われると考えます.まとめると, 問題解決力を持つ技術専門職を育成する高等教育機関が,企業と高等教育機関のギャップを埋める存在であると主張します.
そういう目線で改めて大学の教育を見直すと,たしかに修士で問題解決ができるようになること,とはうたっているのですが,たいていは体系的に問題解決の理論を教えてはいません.研究活動で経験から学ぶことはできるのですが,そこから得られた知識はドメインに依存したものでしょう.
市場価値の観点からも,企業が学生に求めている資質の1つである「問題解決力」に直接アプローチしている点で,少なくとも今現在の市場価値は他の高等教育機関に比べて差別化を図りやすいと言えるでしょう.「長期的にどうなのか」という問題については今後の考察の余地があります.また,「問題解決力があります」と主張しても,実績を積まないとなかなか理解が浸透しないでしょうから,学校全体で就職活動ならびに企業へのアピールにつとめる必要があることは間違いないでしょう.

2011年2月19日土曜日

西洋の考え方(哲学,科学,...) 〜 時計じかけのオレンジ

今日は妻のすすめで「時計じかけのオレンジ」を見ました.それも映画と演劇の両方です.

快/不快でいえば,不快な作品ではありましたが,哲学的で考えさせられるところが多く,また見たいと思いました.精神的に大人になってから見るべき作品で,私も20代までだったら,この作品を見ても嫌悪感だけしか持たず哲学的な意味を考えることはなかっただろうと思います.

以下,作品そのものについては触れず,作品を見て私が考察したことを書きます.

まず思ったことは,この作品の端々に西洋哲学あるいは科学の考え方が見え隠れすることです.作品の中で純粋な(あるいは極端な)状態での究極の2択が現れます(具体的に何かは申しません).A と B という考え方のどちらをとるかを迫るのです.このアプローチはサンデルのこれからの「正義」の話をしようでもとられています.これが「考えさせられる」最大の要因です.

しかし,私はそこに違和感を感じます.仮にそういう極端な状況で考えると A の考え方が妥当かもしれないと思いはするのですが,でもやっぱり普段の状況だと A と B をその時々で総合的に判断するのが妥当だろう,と思ってしまうのです.抽象化しすぎ・捨象しすぎのように思えるのです.現代の西洋科学では複雑なものを単純化しないと扱えないのですが,それと同根なのだろうと考えるのです.

もう1つ考えたのが,西洋では「責任ある自由」をとても大事に思っている点です.そして自由には危険がつきもので,彼らは「自由であるがゆえの怖れ」と常に戦っているのです.

私は以前から自由と安定(安全・安心)は,ほとんど両立しない相いれないものだと薄々思っていました.この作品で感じた「自由であるがゆえの怖れ」を見て,確信に至りました.

と同時に思ったのは,もし自由と安定を両立する道があるとしたら,「自由であるがゆえの怖れ」を超克することが鍵になるのかもしれないということです.

映画




私は Apple TV で見ました.


演劇 



小説もありました



参考文献

2011年2月14日月曜日

組込みソフトウェアギルド,はじめました.

本日,私たちは「組込みソフトウェアギルド」を始めました.ぜひご活用ください.

組込みソフトウェアギルド
http://www.embeddedsoftwareguild.com/
組込みソフトウェアギルド』とは組込みソフトウェアギルドはギルドへの相談者に対して、問題を解決するための窓口であり、問題解決を提供するプロフェッショナルエンジニアの集団です。

私の他のメンバーは,林 好一さん,酒井 由夫さん,今関 剛さん,河野 岳史さん,酒井 郁子さんです.

私はかねてより組込みソフトウェア分野において産業界と学術界の距離を近づける力になろうと心がけていました.同時に私自身あるいは学術界の限界も常々感じていました.つまり,大学での研究は実践とはどうしてもかけ離れているということです.また学会での評価基準は新規性に傾いており,そのような研究は学術界では評価されても開発現場に役立たないことの方が多いです.

結局のところ私の関心は,自然科学・工学上の知的好奇心を満たすことよりは,技術を背景にして社会を変革することに傾いているのだと思います.その意味で私は単なる研究者ではあり得ず,むしろ運動家的なのだと思います.

そうは言っても,私自身は企業でのソフトウェア開発を経験していませんので,しょせん学者の世迷い言でしかないと自覚しています.ゆえに私は,企業の中に入って変革できる能力を持つ人と組む必要があるという動機があるのです.そう,西先生の産コン学の言うとおり,私はコンサルタントを必要としているのです.

ギルド設立に関わっていく中で,私がどうギルドに関わっていくかをいろいろ考えました.結論として,私は表舞台に立ってコンサルティング活動をするのではなく,裏方に回って他のメンバーの活動に役立つような書籍や論文,事例などを収集・展開する役割を行うのがよかろうと考えました.開発現場にどのような課題があるかは他のメンバーが把握しています.あらかじめ課題解決に必要な情報をふんだんに用意しておけば,他のメンバーがそれらの情報を活用して課題を解決するでしょう.私には,お膳立ての役割がよりふさわしいと思います.

ギルドの他のメンバーは,コンサルティングの経験も豊富で,それぞれ得意分野をもっています.組込みソフトウェア開発で真剣に悩んでいらっしゃる方がいましたら,ギルドを通じて彼らにぜひ相談してください.あなたの抱えている問題を少しでも解決の方向に導きたいと思っています.

今後とも,ギルドをよろしくお願いします.